起業家・経営者こそ宗教と三道を学べ!

 

日本では「宗教」の話はタブーにされがちで、
怪しい、危険、洗脳…などといったマイナスなイメージをお持ちの方が多いかと思われますが、
事実、何千年も前から多くの人々の精神的支柱として、
今なおずっと残り、大きな影響力を持ち続けているものでもあります。

 

そんなものって、他にありますか?

 

起業家・経営者として、事業や会社を育てていく上で、
個人や社会にそれだけの価値を見出すことは並大抵ではありません。
人の育て方や組織のつくり方、経営や拡大の仕方など、
起業家・経営者こそ、宗教から学ぶことは山ほどあります。

 

人や社会、地球や宇宙の在り方を考える時、
社会問題や自然問題の根本には必ず宗教が絡んでいます。
人間関係も、政治も、経済も、戦争も―。

 

たとえ本人が宗教に無関心だとしても、
生まれた家の宗教の性質や影響を必ずと言っていいほど受けています。
それも過去世からの業と因縁が関係しています。

 

しかし、自分が、もしくは自分の家が信仰している宗教について、
本尊も教義もよくわからずに拝んでいる人がほとんどです。

神社仏閣にお参りする際も、そこがどんな神様仏様をお祀りしているのか、
知らずに手を合わせている人がほとんどです。

 

信仰というのは対象へ南無(帰命)することであり、
対象となる本尊と一体となることです。
もし、その本尊が悪鬼・魔神や低級な動物霊だったとしたら、
知らず知らずの間にその影響を受け、人心は荒廃していきます。
本尊と教義を知らずに拝むことはそれほど危険なことです。

 

また、神様仏様を尊く思う純粋な気持ちを利用して、
神様仏様の名を使って人を騙したり、
自らの私腹を肥やしたりしている詐欺師もたくさんいます。
宗教はそれだけ大きな力を持っているので、
支配や詐欺にも常套手段として使われています。

 

宗教について無知であるということは、
それだけでとても大きなリスクを背負っていることになります。
この荒廃した世の中を生き抜くためには、
本物・本質・真理を見極める力が必要不可欠です。
そのためにも、宗教リテラシーを高める必要があります。

 

 

しかし、特定の教団や神社仏閣では、
自らの立場を守るために教義が書き換えられていたり、
人間の誤った解釈や時代錯誤により、信仰の在り方が形骸化して本質を失い、
活動の目的が教団の維持のための集金や勧誘になっていたり、

本来の宗教の本質とはズレたものがほとんどです。

 

そういった場では安心して学ぶことはできませんし、
効力もなく、感覚が麻痺して偏った見方や行動しかできなくなり、
せっかく求道心を持って学び、実践を行なったとしても、
教祖や教団にお金と時間と心を奪われ、心身共に疲弊してしまいます。

 

また、家庭を顧みずに仕事にのめり込んでしまう人がいるように、
家庭を顧みずに宗教にのめり込んでしまい、
何のために信仰をしているのかを見失い、妄信的になり、
自分や世の中を俯瞰して見ることができなくなってしまっている人も多く見受けられます。

 

良くも悪くも、それほど宗教というものは“大きな力”を持っています。

 

本物には批判と偽物が付き物…

 

と、よく言われるように、
それだけ大きな力を持つものは、
本物が広まると都合の悪い人たちから不当な批判や攻撃を受けたり、
悪心を抱く人たちにコピーされて利用されたりします。

 

しかし、だからと言って恐怖心を抱き、宗教を避けていては、
いつまで経っても本当の真実や真理にはたどり着けません。
世法には限界があり、その先の根底には必ず宗教の存在があります。
より高く、より深く、より広く…求道心を持つ者は必ずそこへ行き着きます。

 

危険そうなニオイの中にこそ本物が隠れており、
そこに飛び込まずして安全地帯にいても、
その安全地帯もまた、一見安全のように見えるかもしれませんが、
実は誰かに用意された籠の中で飼い慣らされているだけで、
知らず知らずの間にむしばまれているかもしれません。

 

そこにずっといても、
自分の力で自分の人生を切り開いていく主体性や本当の力は身につきません。

 

 

たしかに、宗教は関わり方を間違えばとても怖いものになります。
しかし、その逆もしかりです。
要は自分が「どう関わるか」という縁の仕方がポイントになります。
結局はすべて自分の“心”次第ということです。

 

どんなものでも“光と闇は表裏一体”です。
光が強ければ強いほど闇も強くなる。
その強さは必ず反比例します。

 

闇を避けていては、光も見えません…。

 

しかし、いつまでも宗教に執着していても道は一向に開けません。
良い面も悪い面も、全部ひっくるめて真摯に向き合う必要があります。
魂の成長の過程として、そういった教えや環境が必要な方もいますが、
最終的にはそこを卒業して「道」という生き方へ帰命する必要があります。

 

わたしも世法の限界を知り、宗教の世界に入り、
そして宗教の限界を知り、三道の道へと進みました。

 

「教」から「法」へ、「法」から「道」へ―。

 

これからの時代は、世法も宗教も行き詰まり感が否めず、
宗教を大切にしながらも、その枠組みを超える必要があります。
宗教という在り方から神仏王の「三道」へと昇華していく必要があります。
神仏王の三道は本来、三位一体であり、宇宙の真理、生き方そのものです。

 

すべてが補い合って「円」となり、欠けているものがない。
すべてを認め、すべてに感謝し、すべてを活かす(生かす)。

 

それが「道」という生き方であり、一切を和合する境涯です。
それぞれが異なる性質や役割を持っていながら、
それでいて互いに否定することなく認め合い、活かし合い、すべてが一つに収束します。
そこに本当の幸福と、人と社会と地球と宇宙の在るべき姿があります。

 

そんな生き方を共に学び、実践していく同志を増やしていきたいと思い、

 

「須弥山」という会を新たに立ち上げました。

 

何をするかはまだ秘密ですが、かなりコアな内容になります。

 

↓ザクッとまとめるとこんな感じ。

  • 宗教リテラシーの向上
  • 宗教と神仏王の三道の勉強
  • 宗教から学ぶ組織と経営
  • 三道から学ぶ和の心と生き方
  • 宇宙と生命の真理・法則
  • 科学による裏付けと後押し
  • 新しい人・社会・宇宙の創造

 

特定の信仰をされている方、されていない方、
特定の教団に属されている方、属されていない方、
宗教に詳しい方、詳しくない方、
事業をされている方、されていない方、
“求道心”さえあれば、どんな方でも構いません。

 

求道者が集まり、共に切磋琢磨できる場をつくっていきたいと思います。
情報発信や勉強会の開催のお知らせなどはクローズな場で行ないます。
志のある方は「秘密のグループ」へ招待させて頂きますので、
以下のお問い合わせフォームより柳生まで直接ご連絡ください。

 

日本のため、地球のため、宇宙のために―。

 

(-人-)

 

※ 本会は特定の宗教・教団を否定したり勧めたりするものではありません。
参加はすべて自由意志によるものであり、自己責任と受け止められる方のみご参加ください。

 

お問い合わせ